2008年1月11日金曜日

小さな赤ちゃんを産んだママさんへ

改めまして、昨年9月に極低出生体重児を出産したkinaと申します。
NICU→GCUを経て、今では実に4倍の重さになり元気いっぱいのLICHTという男の子を育てている真っ最中です。
先日、久しぶりにNICU、GCUを訪れてLICHTが入院していた頃のことを思い出し、思うままに綴ってみました。

私の話でごめんなさい。
あなたに一致しないかもしれません。
あくまで私の話[BLOG:日記]です。
もし少しでも分かり合える部分があれば幸いです。

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お正月もあけて、久しぶりの受診。
時間があったので、少し足を延ばしてみました。
2ヵ月ぶりに訪れた懐かしい場所。
毎日通った日々が蘇り、いろんな想いがこみ上げてきます。

暗くて暖かくてほんのりミルクの香りがするNICU。


息をするのも一生懸命で、
肩と言うよりも体全体をつかって息をして
小さな鳴き声を保育器中に響かせて

時には小さな保育器の中でもっともっと小さな体を大きく動かして

そんな彼の姿に
ずいぶん泣かされたり、驚かされたり、勇気づけられたりしたものです。


あの頃は、本当ならまだお腹の中にいるはずのこの子が
つい昨日まで・・
ついこの間まで・・
お腹の中で暴れまわって夜も眠らせてくれなかったこの子が

目の前にいることがただ悲しくて・・

たくさんの機械をつながれて
小さな小さな私の指ほどの手に
彼には太すぎる針を刺され
張り上げても消え入りそうな鳴き声を響かせながら
時折、ぼーっとこちらを見ているLICHTと目が合うたびに

ただ申し訳なくて・・


そして鼻の形が変わるほどしっかりと大きな酸素マスクと
口から胃袋までの細いミルクを通す管に助けられて
今、生命があることへの感謝や安堵から
とにかく毎日涙が止まりませんでした。

「生きている」ということに本当に心から感謝しました。

先生にも。病院にも。
胎動を感じないことに対して「神経質すぎる、寝ていることもある」という意見もあったにも関わらずその異変に耳を貸し、病院まで連れてきてくれた夫にも
神様か、仏様か、ご先祖様か、
ありとあらゆるものに感謝の気持ちでいっぱいでした。


だけど、その一方で
「生きている=無事」ということも
「生まれたきたことは記念日であり誕生日であり、おめでたいことなんだ」だということも
今ひとつ、ピンと来なくて・・。

「他の人より早く会えた」
「おめでとう」
というような沢山の温かい言葉が
「温かい」「ありがたい」と理解できつつも
うまく心に届かなくて、
とても独りよがりになっていたように思います。

そんな苦しい自分が苦しいということさえなんだかわからない
自分がいま何を考えているのかもわからない。
うれしいのか、悲しいのか、辛いのか・・
悲しいのは悲しいふりをしているのではないか・・
と今思えば、少々意味のわからないことを考えたりして苦しくなっていました。

これは後にカウンセラーの先生に教えていただいたことですが、
人はとてもショックを受けたり、
一度にいろんなことを経験すると
感情や記憶にブレを起こし、自分を客観的に見ようとする存在が現れることがあるそうです。
そして私の場合は自分を冷めた目で見て非難する存在でした。

早産に至った事実や原因、
産後でホルモンバランスが崩れたこと等
そういったことが重なったからもあるだろう・・とのことです。
搾乳と精神的なもので眠れない日々が続いたので、そのことも指摘されました。
ひどくすると病気になってしまうこともあるそうですが
そうならなかったのは先生に受診したことと
搾乳をする部屋で出会った人たちとの交流のおかげです。

もちろん、その交流もすぐにできたわけではありません。
搾乳の部屋は授乳室と兼用になっていたため
自分が搾乳している横では他の赤ちゃんがおっぱいを飲んでいます。
そのことがどうにも胸がいっぱいで・・。
結局誰かに話しかけることもなく暗い気持ちでひっそり搾乳をしていました。

そんな毎日の中である会話が聞こえてきたのです。

「またNICUに戻ることになったのよ」


NICUにいた人・・・な・んだ・・。


思い切って声をかけた初めての人です。

その人はとても明るくて赤ちゃん思いで
誰よりも不安いっぱいを胸にしながら他の人を励ませる人でした。

「大丈夫よ」
「みんなそう」
「元気になるよ」

魔法の言葉でした。

その時出会った二人の人と
赤ちゃんの生い立ちや今の状況を語り合って
そのうち、辛かったことや不安だったこと、
本当は少し憤りを感じていること等を
会うたびに話すようになりました。
そうしているうちに他のお母さんとも・・

たとえば、
『胎動が鈍いことを人に相談したけれど「神経質になりすぎ、そんなこともある」と言われ、でも思い切って病院にきたらやっぱり・・・』
という話に思わず『私も』と。

『馬鹿な話だけれど、突然赤ちゃんを取り上げられた気分なの』
という話に『私もそうなんです。一体だったのに、離れ離れってつらいですよね。』

『入院中は妊娠中の人たちに自分(早産)のことを話して不安を煽るんじゃないかと思うと話せないし、部屋からも出られなかった』
『そうですよね。なにより妊婦さんを見るのもつらかった。』

『「元気に泣きました」って言われたけど全然消えそうな声で、どこが元気なんだって泣けてきた』
『私もです』

次々と言葉にできなかった感情が溢れ出してきました。
同じ想いを抱く人と言葉を寄せ合わせているうちにその言葉や想いがつながって
何がつらかったのかが一つ一つ形を出しました。

考えてみれば些細な事ばかりかもしれません。

「いま命があることを思えば」

だけど些細でも、小さくても、積もり積もれば絡まって言いようのない苦しみになるんですよね。

『本当は・・
一度も抱いたこともない、おっぱいを吸ってもらったこともない、その事実がつらい
でも搾乳はしないといけない。』

『本当は・・
もっとお腹のなかで一緒にいたかった。
お腹の中が赤ちゃんにとって一番快適なはずのこの時期に、そとの世界のほうが安全だと言われてショックだった』

『本当は・・
元気な赤ちゃんを見るのがつらいおっぱいを飲んでいる姿を見るのがつらい』

『本当は・・
カンガルー抱っこしたかったな』

『本当は・・・』

『本当は・・』

結局みんな同じだったんです。
まったく同じでなくても
同じような思いを乗り越えたりその渦中にいながら必死で頑張っている。
GCUにいてもNICUにいても
同じ仲間なんですよね。そして同じ仲間同士だと言葉にならない部分も
なんとなく通じて分かり合えるんです。

それから私たちは、
苦しみを吐露する以上に励ましあいました。

「大丈夫」

「赤ちゃんが一生懸命頑張ってくれているんだから信じなきゃ」

「小さく生まれたおかげで早め早めにいろんな病気を発見できる分、完治もしやすい」

「生まれてこれたんだもの、乗り越えられる」

「あと少しだよ」

「永遠じゃない、一生じゃないよ」

「一緒に帰ったら嫌ってほど一緒にいられるよ」

「大丈夫」

「赤ちゃんの生きる力ってすごいから」

そして、GCUで搾乳をしているお母さんには迷惑を省みない覚悟で
「私も同じだったんですよ。でもすぐに抱っこもおっぱいもお世話もできるよになりますよ。今だけですよ。」
と積極的に話しかけました。
その人の胸の痛みも、苦しみの重みも理解できていないのに軽はずみかもしれないと思ったこともありましたが・・
私は本当はその言葉が欲しかった。
その言葉に救われた。
もしかしたら、同じように渦中からでるきっかけのお手伝いができるかもしれない。

私を一番はじめに励まして救い出してくれたあの人のように。


赤ちゃんが一番つらいのに
赤ちゃんが一番頑張っているのに弱音なんて吐けない・・。
命があったんだからそれ以上のことを望むのは贅沢だ・・。

早産のママはそんな風に思ってしまいがちだと思いますが
弱音を吐いてもいいと思うんです。
贅沢言ってもいいと思うんです。

もう一歩出て、仲間を探せば
必ず近くに同じ気持ちを乗り越えた人や
同じ気持ちで泣いている人、
同じ気持ちを共感できる人がいます。

そして、一度心を軽くしてから
また命が助かったことに感謝したり
これからのことを仲間と一緒に悩めばいいんだと思います。


小さな赤ちゃんを産んだママは自分のことを責めてしまうことが多いと思いますが
 
―ママのせいじゃない―

それにママのせいかどうかなんて関係ないんです。

生きて生まれてきたのだから

「これから」
「明るい未来に」
目を向けてほしいです。

渦中にいると、とても難しいことだと思いますが・・。



回復の目安は「おめでとう」に心からの笑顔で「ありがとう」が返せるようになることですかね。

仲間作りがうまくいかずに心がどんどん辛くなったら
NICUがあるような大きな病院なら臨床心理士さんがいるでしょうし、
もしいなくても、保健所に未熟児の申請をするときに相談すれば精神科の先生や心理士さんを紹介していただけることも、
それでも無理なら市役所の子育て支援室に、
それでも無理ならインターネットでも広報誌でも使って調べましょうよ。
何らかの「光の道」が見つかるはずですよ

いろんな努力がありますが
赤ちゃんの力を信じて笑顔になるための努力をしてほしいと思います。

しっかりしようと無理せずに。
だけど、たった一人のママである貴方が笑顔で元気になった赤ちゃんを迎えられるように
それが大切な赤ちゃんのためになるんです。

離れていると不安になることがいっぱいありますが
赤ちゃんはママがわかるそうですよ。
毎日来てくれてることが五感で伝わるそうです。
目が開いているときに会えなくても

匂いで、声で、お腹の中を思い出して安心するそうです。

泣いてばかりいないで楽しいお話を聞かせてあげてくださいね。
「これから」の楽しいお話を。


そのうち、我が家のように
「早く会えてラッキーだったね」
「小さいほうが可愛いかも(笑)」
なんて脳天気な会話ができるようになると思いますよ。

papapa曰く「お腹の中で不安を抱えて臨月を迎えるよりも目で見て見守って、治療も受けられるほうが安心かも」だそうです。


小さく産んで大きく育てればいいんです!!


もし、小さく生まれて小さいままだったとしても自分の子供は間違いなくかわいいです。

それに、退院の日の喜びったらないです!
辛いはずのお世話も喜びだったり・・いいこともいっぱいありますよ。


そしてきっと離れ離れでさみしいのは赤ちゃんだけじゃないですよ。
不安になるかも知れませんが、赤ちゃんもママが大好きですよ。

あと少し。
あと少しですよ。



あとできれば、母乳が出るなら搾乳も頑張ってくださいね。
目覚まし時計で夜中に起きるのは意外につらいことだと思いますが・・
(手搾りが推奨されていますが、大変なので【レンタル用品】Medela(メデラ)電動搾乳機がお勧めです。
私は自宅ではハーモニー手動式搾乳器を使っていました。他に失敗もしてMedela(メデラ)がイチバンでしたよ。)

『未熟児の赤ちゃんを産んだお母さんの母乳は未熟児の赤ちゃん用の薬にも勝るおっぱいが出る。』
んだそうです。
この言葉が、私の搾乳ライフ??を支えてくれました。
母乳そのものが月齢に合わせた栄養を含んで出てくれるものだそうですが。


それからGCUに入ると一日中缶詰でお世話で来たりするから、嬉しくて無理をしがちですが、
小さく生まれたら楽な訳じゃなくむしろ異常な出産で思いがけず体にも負担がかかっているので、
無理せず体力も温存してくださいね。
帰ってきてから本当に大変なので(笑)
我が家は退院しても小さい分、おむつは15~30分おき、おっぱいは一時間半おきに一時間くらいかじりついたりしていて、横にもなかなかなれない時期がありました。。。
自分のことも大切にしてあげてください。


なにはともあれ

★大丈夫★

★笑顔ですよ★



読みにくい文章を長々とお付き合いありがとうございました。
夜中に一気に書き上げて、読み返すのも恥ずかしいので間違った文章もあるかもしれませんがご了承ください。
少しでも元気になっていただける方がおられれば幸甚に存じます。

           

元気に退院して、元気一杯に育ってくれますように☆


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